かながわアートプレス
March 2008
芸術活動支援のページ
かながわ舞台技術ワークショップ
ー県では、ホールや劇場の役割や機能が高度化してきている現状を踏まえ、新しい劇場技術の変化に対応できる技術者等の育成を目指して、「かながわ舞台技術ワークショップ〜劇場技術の現在〜」と銘打ったワークショップを毎年開催しています。第六回目の今年は、テーマの一つとして劇場運営における安全の基礎知識と基礎技術にフォーカスをあて、県立青少年センターの設備を実際に使いながら行われました。その一部を体験レポートします。
 2008年1月、神奈川県青少年センターにおいて「かながわ舞台技術ワークショップvol.6」が開かれました。
 講師は熊谷明人氏(世田谷パブリックシアター)らプロの舞台技術者。受講者は神奈川のみならず新潟など遠くからも、意識の高い舞台関係者やその卵たちが集まりました。舞台の仕込みからバラシ(飾り付けた装置や照明機材などを取りはずし搬出すること)までをいかに「安全」に効率良く作業するか、座学と実習の両面から学んでいくという人気の講座で、実際の舞台機構を動かしながら体験していくところがなによりの特徴です。  その三日目の様子を見学してみました。
■作業のベースは力学
ワークショップの様子1  まず10時に集合すると舞台上に机を並べて座学が始まります。初日、二日目で学んだことのおさらいを兼ねて、劇場ごとの設備の違いやものを運ぶときの注意点などを指摘していきます。
 驚くのは講師の熊谷氏が簡単な「力学」をベースにして作業を語っていること。テキストは昔物理で習った覚えがある質量や重量の記述ではじまるのです。難解なものではありませんが、非常に本質を踏まえた本格的な講義なのです。
 舞台上の作業にはたくさんの危険が伴います。生命が関わることすらあるのに、「経験」や「勘」で伝達してきた技術もあります。それはそれで大切なことであり、また言葉や数式で伝わりきらないものがあるのは確かでしょう。しかし氏は「どうしてパネルが倒れるのか、どこを持てば安全なのか、きちんと理由を考えていくことも大切だ」と強調します。現場で痛い目にあいつつ試行錯誤することも必要だが、自分の頭で考えることができる人でなくてはならない…、そのための力学なのです。ものごとを基礎から考えていくのは面白く、もともと好きな分野に関わることではあるし、受講者の目も真剣です。もちろんそこにはワイヤーの性質、スピーカーを吊る時の注意点など、具体的にトピックも盛り込まれます。
■天候も大切な要素
ワークショップの様子2  休憩をはさみ、いよいよ実習に入ります。
 搬入口に集合し、パネルや人形(パネルを支える道具)、平台などをトラックから積み下ろしてリフトに積みこみます。
 この時には非常に重いものも含まれるので、必ず声をかけるなどのコミュニケーションが大切だと教わりました。また天候にも配慮しなくてはいけません。雨や雪でぬれるといった影響だけでなく、大きなパネルを運んでいる時に強風が吹いたら……などの想定も大切。想定を怠ることで、パネルと壁の間に挟まれるなどの大事故につながることもあるといいます。
 そしてそれらを劇場に。いよいよ、大きなパネルを吊るというメインワークです。
 吊りこむ前に熊谷氏から再度、常に「重心」に注意するように声がかかりました。パネルを運び始める時、どこに重心があるかを意識しながら支え方を考えなくてはなりません。また、重いものを押し運んでいる最中も、重心を忘れると勢いがついて人にぶつかったり、壁と衝突する危険があるのです。実際には忙しくてそれどころでなくなることも多いのですが、だからこそ注意を喚起しなくてはいけない点なのです。
■安全第一、演出第二
ワークショップの様子3  そして縦8メートル、横2メートルほどのパネルを吊っていきます。バトンにパネルからフックをかけ、パネルを台車にのせて抵抗を少なくしていくのですが、しかしバトンには非常に力がかかります。すでに照明機材やスピーカーなどが隣接のバトンに吊られていることも多いので、バトンが他のバトン等と接触しないように押さえていく必要があります。またパネルの方も、折れてしまったり、他のものと触れたりしないように細心の注意が必要です。
 無事吊りこみが終わったところで、今度は安全を確認しつつバラシに入ります。搬出口まで運び出して、トラックに積みこみ、本日の行程は終了。
 受講者からは「普段何気なくしていることが、かなり危険であることに気付きました」「安全管理に役立つ具体的な指摘が嬉しかった」「他の人にも教えてあげたい」などの声が聞かれました。舞台作業の安全性について改めて考えさせられた一日でした。
眞野純氏 監修 眞野純氏(前世田谷パブリックシアター技術部長)に聞く
「昨今は劇場機構がどんどん進化しています。しかしその進化に現場のスタッフが追いついていかないことがあります。現場にいれば研修の時間も無く仕方のない面もあるのですが、その結果劇場が十分に活かされていかないんです。そのことをとても残念に思っていました。今回のようなワークショップを通して、劇場の可能性を広げる技術者が育って欲しいと思います。また演劇の世界では劇団外のスタッフと働くこともままありますが、言葉の違い、安全への意識の違いがもとで事故につながるケースもあります。演劇界全体の安全意識向上にも一役買えたら幸いです。」
取材・執筆 岡野宏文

神奈川県のアートNPOの活動とその魅力〜公共ホールと学校との連携から〜
学校へアーティストが出向いていって音楽の授業を行う。
そのような音楽やアートの出前授業を始めたNPO法人が、県立文化施設と地域のPTAとの関わりの中から生まれ、今さらに活動を拡げています。
 昨年12月24日のクリスマス・イブの夕方、神奈川県民ホール小ホールに集まった約200名の聴衆を前に、ロシア人実力派ピアニスト、イリーナ・メジューエワさんの日本デビュー10周年を祝うピアノリサイタルが開催されました。このリサイタルを主催したのは、NPO法人SEED OF ARTS(シード オブ アーツ)。音楽やアートをもっと子どもたちの身近なものにしたいと願い、平成14年(2002年)から学校の教室へ音楽の出前授業を始めた有志のPTAのみなさんの集まりです。
■NPO法人SEED OF ARTSの誕生
学生スタッフと打ち合わせをする齊藤実雪さん  そもそもは平成14年(2002年)、神奈川県立音楽堂がアウトリーチ活動を最寄りの横浜市立本町小学校と行なった際、学校でPTA会長をつとめていた現SEED OF ARTS理事長の齊藤実雪さんが窓口となって関わったことが、このNPO活動がスタートしたきっかけです。手探りで企画する中、県立音楽堂での演奏会のために横浜に来ていたメジューエワさんが、学校の音楽室で使われているピアノで授業時間中に演奏してくれることになりました。この初の「音楽特別授業」で、迫力ある音楽に興奮する子どもたちの様子が印象的だったことはもちろん、その活動そのものが学校、地域の人々からも大変喜ばれたという体験が、その後のPTA有志による活動の原動力になったのでした。
 その後、齊藤さんたちは、県立音楽堂と学校が連携するアウトリーチ活動の窓口をつとめるだけでなく、夜の音楽室を使ったミニコンサートや、出前授業のプログラムを若い音楽家や俳優と創作することを始めました。そしてさらにより本格的に活動を行なうためにNPO法人を設立したのです。申請や準備など設立の苦労はあったのですが、「NPO法人になったおかげで、事前の提案や打ち合わせをする際、文化施設や行政などの方の反応がぐっとよくなりました。そこが一番のメリットです」と齊藤さんは話します。
 今現在、SEED OF ARTSは横浜市との協働のもと年間約20校で行なわれる芸術の出前授業だけでなく、子どもたちを対象に体育館などで行なわれる音楽ホールのアウトリーチ活動で学校と芸術の現場とを繋ぐ調整役や、地域で身近に音楽を楽しめる人気の一般向けサロンコンサートの開催、横浜・山手の洋館を舞台に行なわれる「横浜山手芸術祭」の企画・運営など、様々な分野にその活躍の場を拡げています。
 「私たちのNPOの役割は、アーティスト、学校、地域、文化施設、行政等が円滑にコミュニケーションでき、学校でのアウトリーチ活動や子どもたちの芸術鑑賞の機会がスムーズに実施されるようコーディネートすることです」と齊藤さんは説明します。
■NPO運営の苦労
よみきかせクラッシクキャラバン隊『セロ弾きのゴーシュ』  とはいえ、運営資金やスタッフは手弁当のボランティアが中心。そこで、苦しい台所事情をくんだメジューエワさんが、日本デビュー10周年として、支援コンサートに出演してくれることになりました。コンサートの収益が今後の活動資金になるという中、12月24日の本番には、普段は出前授業で朗読を担当している女優さんもボランティアスタッフとして参加。また今回は中学生2名、高校生2名の学生ボランティアも、プログラム配布や場内アナウンスとして参加し、演奏会場での貴重な体験をしていました。
 神奈川県民ホールも共催というかたちでこの演奏会を支援し、ピアニストの出演料もボランティア価格…すべては、SEED OF ARTSの活動が広い共感を集めているからこそ実現したことです。
 「学校での芸術鑑賞の授業時間が減りつつある今こそ、自分たちのような活動がさらに必要」と齊藤さんは熱意を語り、「今後はNPO法人同士の横の連携も必要になってくるので、行政の役割への期待も大きい」と話します。
 子どもたちに音楽やアートを届ける地域に根ざしたコーディネーターとして、SEED OF ARTSの活動はさらに意味深いものになっていきます。
■今後のSEED OF ARTSの活動はホームページでご覧いただけます。 http://www.seed-of-arts.org/
column : 美術館キット「Museum Box 宝箱」
美術館キット「Museum Box 宝箱」  神奈川県立近代美術館は平成18年(2006年)に美術館キット「Museum Box 宝箱」を制作しました。
 中には美術館の裏舞台をテーマにした「びじゅつかんすごろく」(駒やサイコロつき)と所蔵作品のカードが56枚。家族で遊ぶだけでなく、学校の鑑賞や国語の時間に活用され、クラスのコミュニケーション作りに役立っています。
「Museum Box 宝箱」はミュージアムショップで販売(1箱2,000円)のほか、教育機関には無料で貸出しをしており、これまでに小学校1年から大学生までのいろいろな活用事例(図工・美術、国語、総合的学習など)があります。
 夏休み時期にはNPO法人STスポット横浜と協力して子ども達向けの「宝箱」を使ったワークショップや先生向けの研修会も美術館で開催。作品を通したコミュニケーションの面白さを実感する機会をつくり続けています。
 貸し出しについてのお問合せは、神奈川県立近代美術館046-875-2800(代表)

取材・執筆 編集部

ウィンドウを閉じる
2004 Copyright Kanagawa Arts Foundation. All rights reserved.