かながわアートプレス
November 2007
クリエーターズヴォイス
複雑な現代の日常を生きる「自分」の「本当」は一体どれか。
そんなアイデンティティの不確かさを、笑いを交えて描く深遠さが、
この作品の魅力であり強みだと思います。
ゲスト写真1
狂言師

野村 萬斎

来年1月の神奈川県立青少年センターでの上演が、3年ぶりの再演となる『まちがいの狂言』。
海外での公演も重ね、進化を続ける今作で出演のみならず演出も手掛け、また能・狂言公演に加え現代劇・ 映像作品でも幅広く活躍する野村萬斎さんに、作品の見どころを伺いました。
シェイクスピアの『間違いの喜劇』を元に、狂言の様式を用い創作したこの『まちがいの狂言』は、萬斎さんの演出作の中でも最も再演を重ねたものかと思います。
 2001年の初演からイギリス・グローブ座公演、国内での再演を経て、3年前は北米2都市でも上演した作品です。芸術監督を務める世田谷パブリックシアターで、私は「レパートリーの創造」という指針を掲げていますが、『まちがいの狂言』はそのモデル・ケースの作品に育ちつつあると言えるでしょう。上演リクエストも全国的に非常に多く、東京近郊とはいえ今回神奈川で公演できるのは良い機会だと思います。

多くの観客から支持される作品の魅力は、どこにあるとお考えですか?
ゲスト写真2  ひとつには、「古びない方法」を用いていること。この作品は、シェイクスピアという普遍的な価値を持つ作家の戯曲をベースに、狂言という古典芸能の表現方法、型としての揺るぎなさと、21世紀の今見ても通用する演技の斬新さを兼ね備えた演出を施してあります。両者ともに400年から600年以上の時を経てなお上演され、観続けられているものですから、観客を「観たい」と引きつける力の相乗効果がそこにあるのではないでしょうか。また、これは偶然の産物ですが、劇の冒頭で使う「ややこしや〜」というフレーズがテレビの子供向け教育番組で使われ、劇場だけでは出会えないほど幅広い多くの方々に、作品を認知していただく機会を得た幸運もあると思います。
 さらに、ちょっと複雑な話になりますが、台本を執筆して下さった故・高橋康也先生がこれを単なるシェイクスピアの原作(二組の双子が絡み合い、取り違えられることから混乱して起きる騒動を描く喜劇)の翻案ではなく、置かれた状況や人間関係によって揺らぐ、個人のアイデンティティの問題として大きく捉え直したことも、作品の現代性を高めた一因だと私は思います。私たちは会社や学校、家庭の中でそれぞれの役割を要求され、無意識に演じ分けている。そこへさらに、ネット上でのキャラクターまで加わるような複雑さが現代の日常にはあり、日々を生きる「自分」の「本当」は一体どれなのか。そんなアイデンティティの不確かさを、笑いを交え描く深遠さが、この作品の強みだと思います。

再演を重ねることでの、作品の変化や成長は感じていらっしゃいますか?
 舞台作品は作り手側だけのものではなく、客席からの反応あってこそ育つ、まさに「生き物」ですから、観ていただく機会が増えるほど作品も成長すると思っています。特にこの作品は、双子を一人で演じる複雑な構成なもので、最初のうちは演じている私たちの頭も“ややこしさ”に混乱したほど(笑)。公演中のお客様の反応で、伝わり具合や表現の過不足が分かり、整理されていったことは確かです。また海外、特にアメリカ公演では「これはスーパー・スラップスティックだ」というような評価を受け、言葉とは違う、身体表現の持つ力を再確認できました。

これまでの上演を経て、今回さらに改訂される部分などはあるのでしょうか?
 具体的にここを変える、ということはありませんが会場の青少年センターは大きめの劇場なので、劇場に合わせた多少のアレンジは必要かなと思っています。ひとつ特筆すべきは、今回は初演からのほぼオリジナル・メンバーによる上演ですが、それができるのはこれが最後かも知れないということ。作品は古びませんが、残念ながら演者は年をとるもので(笑)、初演から7年経とうとしているこの作品は、成長するという意味で次の段階へと上がるころなのかも知れません。
 例えば次のステップのためのアイデアとしては、違う演者によるチームを新たに作り国内外で数多く公演を行えるようにする。演出は生かして、狂言に限らず現代劇の俳優の方に演じてもらうことも可能ではないかと考えてもいます。シェイクスピアという、世界的な共通言語がありますから、海外の俳優による上演も考えられますよね? まあ、あまり大きなことばかり並べてはいけないのですが(笑)、そんな多彩な可能性がこの作品にはあるはずです。神奈川公演後は、ワシントンD.C.での上演も決まっています。作品がさらに成長するその過程を、目撃していただけたらうれしいですね。
(聞き手・文:尾上そら 写真:幸田 森 取材協力・撮影協力:横浜能楽堂)

公演情報
まちがいの狂言
原作:W.シェイクスピア「間違いの喜劇」
作:高橋康也 演出:野村萬斎
出演:野村万作、野村万之介、野村萬斎、石田幸雄、ほか万作の会
囃子:松田弘之(笛)、桜井均(太鼓)
●日程:2008年1月30日(水)19:00開演、31日(木)14:00開演
●会場:神奈川県立青少年センター ホール
●料金:S6,000円 A5,000円 学生2,500円
●チケット・お問い合せ
 県民ホールチケットセンター 045-662-8866
 音楽堂チケットセンター 045-263-2255
●主催:神奈川芸術文化財団 神奈川県
ゲスト写真3 プロフィール
野村 萬斎(狂言師)
Mansai Nomura
1966年生。野村万作の長男。祖父故6世野村万蔵及び父に師事。重要無形文化財総合指定者。3歳で初舞台。東京芸術大学音楽学部卒業。「狂言ござる乃座」主宰。
国内外の狂言・能公演はもとより、『まちがいの狂言』など狂言の技法を駆使した舞台の演出・出演、また『オイディプス王』(蜷川幸雄演出)、『ハムレット』(ジョナサン・ケント演出)といった現代劇や、映画『陰陽師』の主演、NHK『にほんごであそぼ』への出演など幅広く活躍。94年に文化庁芸術家在外研修制度により渡英。文化庁芸術祭新人賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞等を受賞。2002年に世田谷パブリックシアター芸術監督に就任。「現代能楽集」「狂言劇場」「MANSAI◎解体新書」等、古典芸能と現代劇の融合を図った独自の企画で高い評価を得ている。芸術監督就任後、初めての演出作品となった『敦―山月記・名人伝―』(05年初演)では、その構成・演出で朝日舞台芸術賞・紀伊國屋演劇賞を受賞。著書に「萬斎でござる」(朝日文庫)、「狂言サイボーグ」(日本経済新聞社)、「狂言三人三様・野村萬斎の巻」(岩波書店)等がある。

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