かながわアートプレス
January 2007
クリエーターズヴォイス
私たちは演技をしているとか、歌っているとかではなく、
舞台でひたむきにその役柄を生きているのです。
ゲスト写真1
声楽家 ソプラノ

佐藤ひさら

県民ホールで2月に上演されるオペラ「蝶々夫人」。そのタイトルロール・蝶々夫人を演じるのは、96年に県民ホール制作「蝶々夫人」でも蝶々夫人を歌った佐藤ひさら。このオペラの聴きどころや観どころについて、話を聞いた。
声楽家になろうとした、きっかけを教えてください
 高校生の時は医者か科学者になりたくて、勉強する環境にある学校(宮城県第一女子高)を選びました。そこの合唱部は全国大会で入賞するようなところでした。音楽の先生が指揮者で、とても魅力的な方だったのですが、怖い先輩たちがいて、「あなたは声が大きくて目立ちすぎる」と、アルトの一番下のパートにされてしまいました。その人たちが卒業してからめでたくソプラノにしていただきましたけど(笑)。
 その当時、東北大学混声合唱団が定期演奏会でバッハの『マタイ受難曲』をオーケストラの伴奏で上演することになり、女声が足りないということで、うちの高校の合唱部に賛助の依頼がありました。この曲は聖書に基づいた宗教曲なのですが、とてもオペラティックで、キリストが復活したときに民衆が「彼はやはり神の子であった」と歌う場面で非常に感動し、本番中だというのに大泣きしながら歌ってしまいました。その時、音楽ってなんて素晴しいのだろうと、自分が感動してしまったのです。こんな感動をもう一度味わいたい、それが出発点になっています。ですからもともとは宗教曲やドイツリートを歌いたいと思っていました。

96年の県民ホール制作オペラでも蝶々夫人の役を歌っています。
このオペラの聴きどころ、観どころは
ゲスト写真3  観どころは、たくさんあると思いますが、粟國先生の演出では終幕で蝶々さんが死ぬシーンがとても美しくて、私の大好きなシーンでもあります。今までたくさんの方が同じ演出で演じていらっしゃいますが、タイミングや倒れ方は私が一番で、これだけは自慢できると信じています(笑)。私は彼女が耐え忍ぶだけのか弱い女性だとは思いません。ただ彼女はとても純粋で、自分が初めて愛した人(ピンカートン)の「必ず帰ってくる」という言葉を疑わないだけ。そして武士の娘であるがため、辱めを受けたら潔く死ぬ、という強い誇り、プライドをもっている。振り付けの立花先生がこうおっしゃったことがあります。――蝶々さんは、これで彼とひとつになれる、幸せになれると死んでいく、だから悲しみではなく、むしろ微笑をたたえるように死んでいくのだ―― と。
 なぜあんなに美しく死んでいくのか、もっと苦しんでのたうちまわって死ぬのが本当ではないか、という人もいます。ヴェリズモのオペラ*なので、現実的な部分を大切にしなければいけないのでしょうが、実際に舞台で死ぬことはできないわけだし、血を流したり、どーんと大の字に倒れたりする演出もありますが、私には絶対出来ない、頼まれてもしたくない。
 それから、今回の公演チラシにもありますが、蝶々さんの登場シーンは美しいでしょう?季節は春、色とりどりの花がたくさん咲いていて――特筆すべきは桜、日本家屋があって、着物姿の女性たち・・・とても美しい舞台なんです。
 『蝶々夫人』は、世界中で数え切れないほど上演される演目なので、目先を変えるためか、現代的で変わった演出が多く見られます。それはそれで面白いと思いますが、やはり日本で上演し、日本人が歌い、日本人が観にくる『蝶々夫人』なら、日本的でオーソドックスな演出のほうが合っているのではないでしょうか。夢のある美しい舞台装置や衣裳、それが日本的で美しい分、悲しいところはもっと悲しくなる。イタリア人がイタリア語の台本に作曲したものだから日本的にする必要はない、とおっしゃる方もいますが、外国人ながら日本女性の気持ちを本当によく理解して創り上げた、今の日本人が失いかけているものを大切にしている作品だと、私は思います。
 この舞台は最初の公演から20年以上も上演されてきました。演出家の粟國先生は亡くなられましたが、装置の川口さん、照明の奥畑さん、衣装の緒方さん、床山(かつら)の丸善さん、それからずっと続けて裏方をやってくださっている方々が妥協することなくこだわりにこだわって創り上げた舞台なのです。

*ヴェリズモオペラ
同時代の現実的な日常生活を題材にしながら、人間の本質に迫るようなシリアスな台本と、劇的な効果を追求した音楽で作り上げられたオペラのことをいう。

最後に観客の皆さんへのメッセージを
 ここ県民ホールは、目の前に港があります。そういうところで『蝶々夫人』を歌えるのは、海が大好きな私にとって、本当に嬉しいことです。また、オペラを聴きにいらしたお客様がホールから出られて海を目にした時、私たちの『蝶々夫人』の舞台を思い出して下さったらどんなにか素晴らしいでしょう。
 それから、オペラを難しいものと捉えていらっしゃる方が多いのが、とても残念です。そういう方々に先入観なく観ていただくために、字幕や公演前の解説などいろいろな工夫がなされています。ただ、私は出来れば、どんな内容のものであるか調べて下準備をした上で観に来ていただきたいと思っています。もちろん字幕を見てくださってもかまわないのですが、出演者は一秒たりとも自分に戻ることなく、その役を生きているので、そこから目を放さないで欲しいのです。私たちは演技をしているとか、歌っているとかではなく、舞台でひたむきにその役柄を生きているのです。それをしっかりと観て、聴いて欲しいなと思います。  
(写真:幸田 森 2006年11月 県民ホールにて)

公演情報
藤原歌劇団「蝶々夫人」オペラ2幕
字幕付原語上演
平成19年2月25日(日)15時開演
県民ホール大ホール
指揮:菊池彦典 演出:粟國安彦 
出演:佐藤ひさら(蝶々夫人)、持木弘(ピンカートン)他
合唱:藤原歌劇団合唱団
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
全席指定 12,000円〜3,000円 学生2,500円
県民ホールチケットセンター045-662-8866
ゲストプロファイル写真 プロフィール
佐藤ひさら(ソプラノ)
国立音楽大学卒業後、同大学大学院修了。1990年より文化庁派遣芸術家在外研修員としてイタリアに留学。1994年藤原歌劇団公演「蝶々夫人」で大成功を収め、蝶々夫人役の第一人者として国内で数多く演じる一方、パーム・ビーチオペラやマカオ国際音楽祭など海外でも高い評価を得ている。その他、「天守物語」「夕鶴」「トスカ」等で活躍している。第18回ジロー・オペラ新人賞受賞。藤原歌劇団団員。

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